Prasat Ta Muean(プラサート・タ・ムアン)へ~2018年1月タイ・カンボジア旅行記(9)

遅い昼飯を終えて嬢の実家に戻ると、幼い子ども三人と見知らぬおじさんがいました。

この幼い子ども三人の内訳は、7歳の女の子がE嬢の妹(とはいえ、産みの親である従姉妹のコをお母さんが育ててる、従姉妹はパタヤでゴゴ嬢)、5歳の男の子と2歳の女の子は、これまでブログに何度も登場してきた、E嬢の叔母さん(とはいえ28歳でお母さんの妹)の子供たち。

で、謎のおじさんは、お母さんのお兄さんでした。

 

おじさんのワンボックスに乗り込み、助手席にお母さん、後部座席にE嬢と鶴次郎、子供三人は車内で自由に行き来、という感じで移動。

アンコールワットみたいな、石の遺跡に向かうと教えてくれます。

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30分ほど走ると、軍の検問所が。

目指す遺跡はPrasat Ta Muean(プラサート・タ・ムアン)という遺跡及び公園なのですが、カンボジア国境至近で、大昔からカンボジアと遺跡の所有権とか領土争いなどが絶えない、という理由で軍が往来を監視しているとのこと。

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しかも16時が閉門時間で、この時点で15時45分 笑。

女性兵士が出てきて最初は「ダメ!」と言われたのですが、車内から地元民としてぎゃあぎゃあ騒ぎ立てると、兵士たちは苦笑いして通行を許可するのでした 笑。

それでも16時には出ていくように、とクギを刺されたようですが。

 

そんなわけでPrasat Ta Muean(プラサート・タ・ムアン)、駆け足での散策となりました。

とはいえ、遺跡自体は50m四方ぐらいの、かなりこじんまりとした感じ。

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それでも、こうした遺跡は初体験なので、E嬢たちの家族ふれあいを尻目に、一人だけ一生懸命見学しました。

 

すると、あっという間に閉門時間。

慌てて引き返します。

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検問所ではワイしてお礼すると、女性兵士を筆頭に、兵士たちも外国人が珍しいようで、笑顔でワイを返してくれました。

この遺跡までの道路、両脇は林というか森というか、有刺鉄線と立入禁止の看板が目立ちます。

今でも地雷が埋まったままだそうで。

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カンボジアにしろ、タイにしろ、過去には地雷を埋めるような紛争があって、しかも現在だって実質的な交戦は無いしろ、停戦だか休戦みたいな感じなんでしょうか。

昼飯時にいた兵士たち、遺跡群の兵士たち、そして地雷原。

島国の日本ではあまり見ない光景に、複雑な心境のまま、Prasat Ta Muean(プラサート・タ・ムアン)を後にしたのでした。


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